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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6959号 判決

原告 関口介商株式会社

右代表者代表取締役 関口貞男

右訴訟代理人弁護士 増淵實

被告 草野謙治

右訴訟代理人弁護士 小杉丈夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告ほ、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年九月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年五月二五日、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定により、被告から買いうける旨約した。

(一) 代金 四一〇〇万円

(二) 手附金 五〇〇万円

(三) 残金支払 被告が、昭和五四年六月二五日までに本件土地建物の引渡並びに所有権移転登記手続その他所有権取得の障害となる事由を除去する手続を完了するのと引換えに、原告は、手附金を売買代金に充当した残額三六〇〇万円を支払う。

(四) 土地の引渡 被告は、約定の引渡日までに本件建物をその計算において収去し、滅失登記手続をしたうえ、本件土地を更地として引き渡す。引渡に際しては、被告は、隣地との境界を明らかにするため、境界石を設置し、実測図面を原告に交付する。

(五) 解除権違約金 当事者一方が契約に違反した場合は、相手方は催告することなく契約を解除することができる。この場合、被告に義務不履行のあるときは、被告は原告に対して受領した手附金を返還するほか、これと同額の違約金を支払い、原告に義務不履行のあるときは、原告は手附金の返還を請求することができない。

2  原告は、被告に対し、右契約当日、手附金五〇〇万円を支払った。

3  原告は、昭和五四年六月二五日、被告に対し、売買残代金三六〇〇万円を弁済のため提供したが、被告は、本件建物の滅失登記手続をし、境界石を設置して本件土地を更地として引渡し、所有権移転登記手続をするべき義務の履行をしなかった。

4(一)  被告は、本件土地の公道に面する部分の一部が道路位置指定の対象となっているすみ切り(角地の隅角を狭む辺の長さ二メートルの二等辺三角形)部分(以下「本件すみ切り」という。)に該当するにもかかわらず、これを隠して本件売買契約を成立させた。

(二) 本件すみ切りの存在により、原告は、本件売買契約の目的を達することができなくなった。

5  原告は、昭和五四年六月三〇日到達の内容証明郵便をもって、被告に対し、3の債務不履行及び4の瑕疵担保を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、手附金の返還及び約定の違約金の支払を催告した。

6  よって、原告は、被告に対し、3の債務不履行及び4の瑕疵担保による解除に基づき、手附金五〇〇万円の返還及び約定の違約金五〇〇万円の支払い並びに右遅滞に陥った後である昭和五四年九月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実については、被告が本件建物の滅失登記手続義務を負うとの点((四)の一部)を否認し、その余は認める。

2  同2記載の事実は認める。

3  同3記載の事実は否認する。

4  同4記載の事実については、(一)のうち本件すみ切りの存在することは認め、その余及び(二)は否認する。

原告は、本件すみ切りの存在を知っていたものである。

5  同5記載の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和五四年六月二五日、原告の協力があれば直ちに本件土地の所有権移転登記手続をし得るよう準備を完了し、その旨原告に伝えて登記手続をするよう促したが、原告はこれに応じず、残代金の支払をしなかった。

2  被告は、昭和五四年七月四日、内容証明郵便をもって原告に対し本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、同日頃原告に到達した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1記載の事実は否認し、同2記載の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1記載の事実(本件土地建物の売買契約締結)については、被告が本件建物の滅失登記手続義務を負うとの点を除き当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、本件売買契約締結の際、原告代表者と被告とが口頭をもって、被告が昭和五四年六月二五日までに本件建物の滅失登記手続をする旨合意したことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》また、請求原因2記載の事実(手附金五〇〇万円の授受)は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、本件契約の履行の提供について検討する。

1  《証拠省略》を総合すれば、被告は、昭和五四年六月初めころ訴外野口竹次郎に本件建物の取毀工事を請け負わせ、同訴外人は同月中旬ころまでの間に本件建物を収去し、これによって被告は本件土地を更地にしたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして、被告の負う前認定の本件建物の滅失登記手続義務は、本件契約の趣旨からして、原告の売買残代金支払義務と同時履行の関係にあるものと解すべきであり、被告は、右認定の本件建物の収去により、右滅失登記手続義務の履行の提供を随時なし得る状態にあったものと推認することができる。

2  《証拠省略》を総合すれば、本件土地の北側部分の幅員二メートル及び本件土地の北に隣接する川口市大字芝字堀代一〇六二番四の土地の南側部分の幅員二メートルの範囲はいずれも私道(幅員四メートル)として道路位置指定がなされていること(なお、すみ切りの在ることは前叙のとおりである。)、本件土地のうち右の私道部分を除く部分(以下「本件敷地」という。)の西南隅(甲第九号証地積測量図のハ点。本件土地と一〇六一番一三及び公道との境界。)、東南隅(同ニ点。本件土地と一〇六一番一五及び一〇六二番一二との境界。)及び東北隅(同ホ点。本件土地と一〇六二番一二との境界。)にはいずれも本件売買契約締結前に設置された石杭が在ること、本件すみ切りの二等辺三角形の頂点に相当する位置(同ロ点。本件土地と公道との境界。)には特に標識となるものは設置されていないが、同所はU字溝の縁に当たり、外観上、現に私道に供されている本件土地の一部と本件敷地との境界であると認識され得る状態にあること、本件土地と前記一〇六二番四との境界である前記私道中央の両端(同イ点及びヘ点)には特に標識はないけれども、イ点(公道との境界でもある。)はハ点とロ点とを結ぶ直線を、ヘ点はニ点とホ点とを結ぶ直線をそれぞれ北へ二メートル延長した地点として特定し得ること、及び被告は、昭和五四年六月一三日、土地家屋調査士をして右の各地点を基準とする本件土地の地積測量をさせ、その測量図(甲第九号証)を原告に交付したことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、右認定イ点及びヘ点のように、道路位置指定のされている私道の中央にあたり、境界が問題となりにくい場所で境界石の存在が場合によっては通行の障碍となり得る場合については、その境界が他の基点から容易に判明する状態であればそこに境界石の設置がなされずとも境界の明示に欠けるところはないというべきである。したがって、右認定の事実からすれば、本件において、被告が右イ点及びヘ点に境界石を設置しなかったことをもって本件売買契約上の義務の履行に欠けるところはないというべきである。

次に、右認定の事実によれば、被告は本件敷地と本件すみ切りとの境界を示すべきなんらの標識も設置しなかったことが明らかである。ところで、原告代表者及び被告本人各尋問の結果によれば、本件売買契約締結当時、右両名は、ともに本件すみ切りの存在することを知らなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、本件すみ切り部分は、その使用上の制限を受けるものであるから、この点において本件売買契約の目的たる本件土地には隠れた瑕疵があったものということができる。そして、被告が本件敷地と本件すみ切りとの境界を示すべき標識を設置しなかったのは、右の隠れた瑕疵に由来するものであるから、これをもって債務不履行ということはできない。

3  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被告は、昭和五四年六月二五日、本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類を所持して本件売買契約を仲介した川口市内の不動産業幸伸不動産の店舗に赴き、暫くして同所に来た原告代表者に対し、登記手続を依頼するため司法書士事務所へ行くよう促すとともに残代金の呈示を求めたところ、原告代表者は現金五〇〇万円及び原告振出の額面金額三一〇〇万円の小切手を示したので、被告は小切手は銀行振出のものに替えるよう要求した。そこで、原告代表者は、妻に連絡して銀行振出の小切手を用意するよう指示するかたわら、被告に対し、建物の滅失登記が未了であり、境界石も設置されてないと主張し、さらに売買契約締結当時被告の説明しなかった本件すみ切りの存在を指摘してこれによる敷地面積の減少等につき責任をとるよう求めた。けれども、被告はこれに取り合わず、そのまま登記手続をするよう主張して両者間に応酬がなされたが、結局右の点につき両者の折り合いはつかず、被告は、別の用件の約束の時刻が迫ったことを理由に同所から引き上げた。その後、原告代表者の妻により第一勧業銀行中野支店長振出の金額三一〇〇万円の小切手が届けられると、原告代表者は、被告の事務所に連絡をとり、これを受けて間もなく、被告方の従業員大島英が同所に来ると、原告代表者は、右大島に対し売買残代金の用意のできたことの確認を求めた上、当日は登記手続をしないこととすると言って同所を引き上げた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  右1ないし3認定の事実を総合すれば、被告は、昭和五四年六月二五日、原告に対し、請求原因1の(四)の義務の履行の提供したものと解するのが相当である。

したがって、被告に債務不履行があったとの原告の主張は失当である。

三  さて、本件すみ切りが本件土地の隠れた瑕疵にあたることは前認定のとおりであるところ、原告代表者は、原告は本件土地に建物二棟を建てて販売する目的で本件土地を購入したが、本件すみ切りの存在により、右の目的が達せられない旨供述する。

けれども、《証拠省略》を総合すれば、本件すみ切り部分の面積は一・四七平方メートル(〇・六坪)にすぎないことが認められ、また、《証拠省略》を総合すれば、原告代表者が、昭和五四年六月二五日以前には被告に対し本件土地の売買代金の減額交渉をした形跡も認められることを考慮すれば、本件すみ切りの存在によって原告が本件売買契約の目的を達することができないものと認めることはできない。

したがって、原告の瑕疵担保に基づく解除の主張は失当である。

四  よって、その余の事実につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

〈以下省略〉

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